旅籠屋「清明屋」

 旅籠屋「清明屋」(はたごや・せいめいや)は、江戸時代後期から明治まで二川宿で旅籠屋を営んだ倉橋家の遺構で、改修復原工事により主屋・繋ぎの間・奥座敷等を江戸時代の姿に復原し、一般庶民の宿であった建物を平成17年4月29日より一般公開しています。

主屋

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 旅籠屋「清明屋」は本陣の東に隣接して建っています。表構えは、1階が大戸、蔀、2階は全面出格子とする典型的な旅籠屋建築の形態を持っています。2階部分があるのは東海道に面したミセの間等の上部のみです。
 現在の建物は解体修理の結果、文化14年(1817)に建てられたものであることが分かりました。 

主屋(ミセの間)

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 ミセの間は、街道に面しており板の間になっています。荷物置場や帳場として使われていました。

主屋(ウチニワ)

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 奥への通路として土間になっています。ウチニワにはかまどがあって炊事が行われました。

主屋(繋ぎの間・奥座敷)

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 手前から奥の間、繋ぎの間、その奥一段高くなっているのが奥座敷です。奥座敷は主屋の最奥部にあたり、床の間と入側が付いています。本陣の東隣にあることから、大名行列の宿泊時には、家老などの上級武士の宿泊所にもなりました。

 俯瞰図・間取り図

左の鳥瞰図では、手前が東海道ですが、右の間取り図は上が東海道です。

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